
リラキシンは産後いつまで?「産後6ヶ月まで骨盤がゆるむ」は本当か|論文から産後整体師が整理

リラキシンとは何か?——「産後6ヶ月まで」は本当か
― 魚にも、鳥にも、男性にもあるホルモンを、論文から読み直す ―
(※理論編——読み物として、少し詳しい内容です)
この記事の結論
- 血中リラキシンは産後1週間ほどで急速に低下し、産後2週で非妊娠時と同程度になったという報告があります。産後6週の血清では測定されなかった報告もあります。「産後6ヶ月まで分泌が続く」という説明の一次論文は、私が確認した範囲では見つかっていません。
- 妊娠中の末梢関節の緩みの程度は、血中リラキシン濃度と相関しなかった、という報告があります。少なくとも「ホルモンの量=緩みの量」という単純な関係ではありません。
- 当院では、リラキシンを「骨盤を広げるためのホルモン」ではなく、全身のコラーゲンに広く関わるホルモンとして理解しています。この理解に基づく産後ケアの考え方は、当院独自の臨床モデルです。
はじめに|よくある説明への、長年の違和感
リラキシンについて調べると、たいていこう説明されています。
「リラキシンは妊娠中に分泌される女性ホルモンで、靱帯や関節を緩めて骨盤を広げ、分娩をスムーズにする。産後6ヶ月頃まで分泌が続くため、この時期が骨盤矯正のゴールデンタイム」
私は20年、この説明に疑問を持ち続けてきました。そして調べていくと、この短い説明の中に、確認できる事実と、確認できない通説が混ざっていることが分かってきました。
一つずつ、確かめていきます。
前提|「リラキシン」は、一つのホルモンではない
先に、大切な整理を一つ。「リラキシン」と一口に言っても、実際には複数の関連ペプチドからなるリラキシンファミリーがあります。ヒトにもRLN1・RLN2・RLN3などがあり、妊娠でよく話題になるのは主にRLN2です。魚類や鳥類で研究されているリラキシン様ペプチドやRLN3は、同じファミリーでも作用が同一ではありません(Bathgate 2013)。
この記事では、その違いを踏まえたうえで、「このホルモンの仲間は、骨盤だけのために存在するのか」という視点から整理していきます。
検証の旅|このホルモンの仲間は、骨盤のためだけにあるのか
まず、魚。魚類にも、リラキシンファミリーの遺伝子が複数確認されています(Wilkinson 2005)。哺乳類の妊娠・分娩とは大きく異なる生殖様式を持つ魚類に、このホルモン系の祖先が存在する——この事実だけでも、「骨盤のためのホルモン」という理解には収まりません。
次に、鳥。鳥には骨盤があり、卵も産みます。近年の研究では、ウズラの卵巣の卵胞でリラキシン3(RLN3)やその受容体の発現が報告されています(Hoang 2023・2024)。報告されているのは卵胞という局所での働きで、「骨盤を広げる」という文脈ではありません。
そして、男性。ヒトの男性でも、前立腺はリラキシンの主要な産生部位の一つで、精漿中にも存在します(Bathgate 2013)。男性には、妊娠・分娩のために骨盤を広げる生理的な必要はありません。
魚類にもある。鳥類では卵巣での発現が確認されている。男性にもある。
もちろん、ホルモンは一つの役割だけを持つ必要はありません。他の動物での働きが、ヒトの妊娠で骨盤まわりに作用することの反証になるわけでもありません。ただ——リラキシンを「骨盤を広げるためだけのホルモン」と理解すると、この生物学的な広がりを説明できません。リラキシンファミリーは脊椎動物の進化の早い段階から存在し、生殖だけでなく、神経・循環・組織のリモデリングなど、さまざまな役割が研究されています(Bathgate 2013)。骨盤作用が間違いなのではなく、骨盤作用だけで定義するのは、狭すぎるのです。
では、リラキシンとは何のホルモンなのか
リラキシンファミリーとその受容体を網羅した生理学のレビュー(Bathgate 2013, Physiological Reviews)では、生殖に関わる働きに加えて、結合組織のリモデリング、線維化の抑制、コラーゲン代謝への関与が広く報告されています。作用の場は、骨盤に限りません。
この分布と作用を眺めたうえで、私はリラキシンをこう理解しています。
リラキシンは「骨盤のホルモン」ではなく、全身のコラーゲンに広く関わるホルモンである。——私はこれを「コラーゲン弛緩ホルモン」と呼んでいます。骨盤の変化は、その全身作用が妊娠・出産という場面で表に出たものの一つにすぎない、という理解です。
(この呼び方と、ここから先の産後ケアへの応用は、文献の用語ではなく、20年の産後臨床から体系化してきた当院独自の整理・臨床モデルです。)
この理解に立つと、産後の身体を見る視野が広がります。コラーゲンは靱帯だけでなく、皮膚や筋膜をはじめ、全身のさまざまな結合組織に存在します。リラキシンの作用も骨盤周囲だけに限定されるものではなく、組織や受容体によって異なる作用が研究されています(Bathgate 2013)。(この視点から産後のお腹と腸について書いたのが、別の記事です。)
「産後6ヶ月まで分泌が続く」は、確認できない
では、時間の方はどうでしょうか。
Lafayetteらの研究では、妊娠後期に高かった血清リラキシンは産後1週間で急速に低下し、産後2週には非妊娠の女性と同程度まで下がりました(Lafayette 2011)。またEddieらの研究では、産後6週の血清からリラキシンは測定されませんでした——一方で、母乳中では検出された例がありました(Eddie 1989)。
研究ごとに測定時期や方法は異なりますが、少なくとも、「血中リラキシンが産後6ヶ月まで高い状態を保つ」という説明とは一致しません。
「産後6ヶ月まで分泌が続く」という説明の出典となる一次論文は、私が確認した範囲では見つかっていません。また、欧米の産後ケアの文献で「産後6ヶ月が手遅れの境界線」という言説も、私が調べた範囲では見当たりませんでした。この「6ヶ月」という数字は、日本の産後骨盤矯正業界の中で複製されてきた通説ではないか——私はそう見ています。
(「6ヶ月リミット説」の検証と、症状別の始めどきは産後の骨盤矯正はいつから?にまとめています。)
もう一つの事実|緩みは、ホルモンの量と相関しない
さらに重要な報告があります。妊娠中の関節の弛緩を追った研究で、関節の緩みは妊娠とともに増加したが、その程度は血中リラキシン濃度と相関しなかったのです(Schauberger 1996)。
正確に言えば、この研究が測定したのは手指や膝などの末梢関節で、仙腸関節や骨盤そのものではありません。ただ、少なくとも測定された関節については、「血中リラキシン濃度が高いほど関節が緩い」という単純な相関は確認されませんでした。だとすれば、産後の骨盤についても、濃度だけで状態を説明するのは慎重であるべきだと私は考えています。
ここで、二つの事実が並びます。
- 血中リラキシンは、産後早期に急速に低下する。
- しかし、緩みの程度は、そもそも濃度と一対一で対応していない。
妊娠中に高かった血中リラキシンは、産後早期に大きく低下する。それでも、産後数ヶ月・数年と、骨盤まわりの不安定さや体型の変化を訴える方は現実にいる。——では、残っているものは何なのか。
では、なぜ産後の緩み・開きは続くのか(当院の考え)
ここからは、当院独自の臨床モデルによる説明です。
妊娠中は、リラキシンを含む複数のホルモンと、大きくなるお腹の力学的な変化によって、結合組織や関節の環境が変わっていきます。その後、血中リラキシン自体は急速に低下していく。私はリラキシンを、その変化を生む要因の一つ——いわば「引き金」の一つとして捉えています。問題は、引き金が引かれたあとに変化した「状態」が、血中リラキシンが低下したあとも残り得ることです。たるんだ組織が、時間だけでは元の張りに戻りにくいように。
骨盤についていえば、当院では、緩みの期間に横方向へ広がった骨盤リングが、広がった位置関係のまま身体が適応していく——そう捉えています。妊娠中に高まった血中リラキシンは、産後早期に低下する。その後に残る身体の状態を、濃度だけで説明するのは難しい。そこで当院では、これを時間の問題というより、骨盤リングがどのような位置関係で適応しているかという「位置の問題」として捉えています。だから「6ヶ月を過ぎたから手遅れ」とは考えていませんし、逆に「ホルモンが出ているうちに急がないと」と煽ることもしません。
(「広がった位置で安定する」という捉え方の詳細は、「仙腸関節は動かない」は本当か?で書いています。この2本は、対になる記事です。)
結論|ホルモンの説明を、事実から組み直す
整理します。
- リラキシンは、魚にも鳥にも男性にもある。「骨盤を広げるためのホルモン」という定義だけでは足りない——結合組織・コラーゲンへの広い関与が報告されています。
- 血中濃度は産後早期に急速に低下する。「6ヶ月まで分泌」の一次論文は、確認した範囲で見つからない。
- 末梢関節の緩みの程度は、濃度と相関しなかった。ホルモンの量だけでは、産後の身体は説明しきれない。
- そのうえで当院は、「妊娠・出産を経て身体に残った状態」に向き合うことを、産後ケアの仕事だと考えています。
ホルモンを正しく知ることは、焦らないことにつながります。「6ヶ月」という締め切りに追われる必要はありません。あなたの体に起きたことを、事実から順番に理解していけばいい——この記事が、その一助になれば幸いです。
参考文献
※上記は関連する研究分野の文献です。当院の施術効果を証明するものとして引用しているのではなく、本文中の「報告されている事実」の出典として挙げています。「コラーゲン弛緩ホルモン」という呼び方、および産後ケアへの応用の考え方は当院独自の整理・臨床モデルであり、これらの文献が直接支持するものではありません。
この記事は整体・カイロプラクティックの観点による筆者の見解であり、医療行為・診断ではありません。気になる症状が続く場合は医療機関にご相談ください。
ナチュラルカイロプラクティック院/院長 小松泰範 TEL 03-3723-1321 〒152-0035 東京都目黒区自由が丘1-8-20 自由が丘第一ビル6F
