日本は、O脚大国です
仕事柄、姿勢や足の形には関心の高い、私の実感です。
インバウンドで海外からの来訪者も増えました。外国の人は足がきれいな人が多いな、X脚も多いな——と、日本人との違いに気づくことがあります。
では、O脚とは何か。脚の形とは何か。これに答えられる人は、ほぼいません。私でも、難しい。シンプルに言うと、股関節・ひざ関節・足関節、この三点のバランスです。その崩れ方によって、O脚・X脚・ひざ下O脚などと、形に名前が付いているだけなのです。
では、なぜ日本人にこれほど多いのか。遺伝もあります。でも、それだけではありません。本当の理由は、床生活や正座といった、歴史的・文化的な背景に根づいています。一説には、アジア民族の特性ともいわれています。
「治りますか?」と、よく聞かれます。
改善する人は、多いです。——歯がゆい答えで、すみません。
さっき言ったように、O脚は股関節・ひざ・足首の、どこから来ているか。見た目は似ていても、原因が人それぞれなのです。そして、部位によって、矯正が効くところと、変えられないところがある。正直なところ、専門家でも、すべての関節をマスターしている人はいません。
だから私は、難しい理屈より、手技に反応するか、しないか。これを目安にしています。
こんな悩みで、来られます。
O脚そのものの悩みも、O脚とは関係ないように見える悩みも、いろいろです。
パンツルックが恥ずかしい
ブーツでO脚が強調される
靴の減り方が偏る
脚を出す季節が苦痛
脚が太く見える
サッカーでO脚がひどくなった
親類が人工関節の手術をした
若いころスポーツでひざを痛めた
——O脚は関係ないかもしれない悩みも、たくさん混じっています。それでいいのです。まず、当院で何をするか、お見せします。
知られざる弊害O脚の、見た目以外の影響
O脚というと、見た目を気にする人がほとんどです。脚のライン、すき間、パンツの似合わなさ。それも、わかります。でも、O脚には、見た目以外の弊害があります。あまり知られていません。私が施術していて、これは伝えておきたいと思うことを、書きます。
1. いちばん厄介なのは「内股のO脚」
O脚にはタイプがあります。中でも私が気をつけて診るのが、内股のO脚。専門的には、股関節が内側にねじれている状態(股関節の内旋)です。これが、見た目とは関係のないところで、いろいろなものを連れてきます。
太ももが内にねじれると、立ったとき、ねじれの逃げ場が上にいきます。足は地面に着いていますから、代わりに骨盤が開く。骨盤が開くと、その底にある筋肉(骨盤底筋)が、左右に引き伸ばされて、力が入りにくくなる。すると、こういうことが起きてきます。
- 腰が反る(反り腰)、腰痛
- 姿勢が崩れる、猫背
- 骨盤の底がゆるむことによる、尿漏れ、内臓の下垂感
——これは、私が長年施術してきて、実感していることです。脚を診ているつもりが、腰や、骨盤の底まで、つながっている。もちろん、尿漏れや腰痛には、ほかの原因もあります。「O脚を正せば全部治る」とは言いません。でも、深く関わっている。これは、間違いないと思っています。
特に、産後の女性。出産で骨盤の底がゆるんでいるところに、この内股O脚が重なると、影響が出やすい。だから当院では、産後の骨盤と、O脚を、いつも一緒に診ています。
2. 膝の変形
O脚が続くと、膝の内側にばかり体重が乗り続けます。脛骨(すねの骨)がねじれ、膝の内側の軟骨が、少しずつすり減っていく。すり減ると、膝はさらに内へ傾き、もっと内側に負担が集まる。この繰り返しが、長い年月をかけて、膝の変形へとつながっていきます。
3. 足首の変形
O脚は、足首にも影響します。重心の乗り方が偏ることで、足首が内側に倒れたり、外側に傾いたりする。O脚は膝だけの問題ではなく、足首から膝、股関節までの、脚全体のバランスの崩れなのです。
4. 老後への影響
そして、これらが積み重なった先にあるのが、老後の膝です。膝の内側の軟骨は、一度すり減ると、元には戻りません。若いうちは痛みがなくても、負担は静かに蓄積しています。変形性膝関節症で、立つのも歩くのもつらくなる——その入口に、O脚があることは、少なくありません。
だからこそ、見た目が気になって調べているなら、それは、膝の将来を考えるいいきっかけでもあるのです。
院長より ── O脚矯正について、私が思っていること
ここからは、患者さんへの説明ではなく、私の考えを書かせてください。
O脚の原因は、人それぞれです。足首から来ている人。ひざのねじれの人。骨盤の人。中には、股関節の受け皿(臼蓋)の形そのものが原因の人もいる。受け皿の形は、手では変えられません。生まれつきの骨だからです。
それでも——以前、その受け皿の形が原因で股関節の痛みを訴える方に、私の考えを話し、O脚矯正をしてみたことがあります。脚全体の使い方を変えると、関節の当たる場所が変わり、痛みが軽くなりました。邪道かもしれません。でも、結果として痛みは減った。受け皿は治っていない。治ったのではなく、負担を散らして、軟骨を延命させたのだと思っています。
だから私は、「治す」とは言いません。
「正す」と言います。
治す、とは結果の約束です。でも骨は変えられない。私にできるのは、本来あるべき位置に正し、その負担を減らすこと。それだけです。
臨床は、頭でっかちに考えすぎては、いけないと思っています。受け皿の形がこうだから、この人は無理だ——頭でそう決めつけていたら、あの方の痛みは取れなかった。逆に、効くはずだと頭で決めても、体が反応しなければ、効かない。だから、手技に反応するか、しないか。これだけが、答えなのです。
正解は、教科書のどこかにあります。けれど、あなたの答えは、あなたの体の中にしかない。触れて、反応を観て、はじめて返ってくる。
私が探しているのは、正解ではなく、
目の前の、あなたの答えです。
だから、最後に正直なことを。
O脚矯正は、誰でも治るわけではありません。でも、よくなる人もいます。正直、一度試してみないと、分からない。骨のねじれが固まっている人もいれば、使い方を変えれば戻る人もいる。これは、一度診て、手で触れてみなければ、決して判断できないのです。
ですから私は、手技に反応する範囲で目標を立て、完璧は追いません。無理な方には、初回で、正直にお伝えします。
これだけは、言えます。
「必ず治る」と謳うところだけは、お勧めしません。