
仙腸関節の嘘と本当 ― 勘違いが横行する「間違った論文解釈」を、産後のベテラン整体師が詳しく解説 ―
仙腸関節の嘘と本当
― 勘違いが横行する「間違った論文解釈」を、産後のベテラン整体師が詳しく解説 ―
(※専門家向け)
はじめに|「仙腸関節はほとんど動かない」は、本当か?
「仙腸関節の可動域は数ミリ程度」
「多くても5mmほどしか動かない」
これは、仙腸関節について語られる際に、
ほぼ必ず引用される定型文句です。
論文上も、AIの回答も、教科書も、
ほぼ例外なくこの説明を採用しています。
しかし、産後の身体を日常的に診ている臨床家の立場から言えば、
この説明は正しいが、決定的に足りていない。
そしてこの「足りなさ」が、
仙腸関節に関する誤解・混乱・極端な否定論を生んでいます。
まず整理すべき前提|論文は「何を測っているのか」
仙腸関節の可動域を扱った論文の多くは、
次の条件下で測定されています。
- 非妊娠・非産後の健常成人
- 日常動作(立位・歩行・軽度の体幹運動)
- X線、CT、MRI、透視下による画像解析
- 関節面同士の相対運動量の計測
この条件で得られる結論が、
- 回旋:1〜3°
- 並進:1〜2mm
- 最大でも4〜5mm程度
という数値です。
ここまでは、完全に正しい。
問題は、この数値がいつの間にか、
「仙腸関節はほとんど動かない関節である」
という一般化された結論として
独り歩きしてしまったことにあります。
論文が扱っていない領域|産後という「特殊条件」
論文の多くは、産後女性を対象にしていません。
理由は明確です。
- 倫理的に侵襲的計測が困難
- リラキシン分泌下の再現ができない
- 個体差が大きく統計が成立しにくい
その結果、
産後特有の骨盤不安定性は、研究対象から外されてきた。
つまり、
「仙腸関節は数ミリしか動かない」
という記述は、
“健常成人が自然動作を行った場合”の話であり、
産後の骨盤状態を説明するものではない。
ここを混同した瞬間から、
議論はすべてズレ始めます。
臨床で起きている現象|動いているのは「関節」だけではない
産後の骨盤で起きているのは、
- 仙腸関節
- 恥骨結合
- 前後仙腸靱帯
- 長後仙腸靱帯
- 骨盤底筋群
- 腰背筋膜・殿筋筋膜
これら**すべてを含んだ「骨盤リング全体の再配置」**です。
臨床家が触知しているのは、
- 関節面の純粋な可動域
ではなく - 張力バランスの変化
- 骨盤全体の位置関係の変化
です。
ここを切り分けずに、
「論文では数ミリだから、そんなに動くはずがない」
と結論づけるのは、
測定対象の取り違えに他なりません。
なぜ臨床では「センチ単位」の変化が起きるのか
産後の施術後に、
- 骨盤周囲径が即時に2〜3cm変化する
- 左右で1cm以上の差が明確に整う
こうした現象は、決して珍しくありません。
これは、
❌ 仙腸関節の関節面が3cm動いた
という話ではない。
⭕ 骨盤リング全体の張力配置が変わった結果です。
たとえば、
- 蝶番自体は数ミリしか動かない
- しかし扉全体は数センチ開閉する
仙腸関節は「蝶番」であり、
臨床で見ているのは「扉全体」です。
「仙腸関節は動かない」という言説が生む弊害
この誤解が横行した結果、現場では次のような事態が起きています。
- 仙骨痛・仙腸関節由来の痛みが軽視される
- 「心理的な問題」「非特異的腰痛」と片付けられる
- 画像異常がない=問題なしと判断される
- 結果として、鎮痛薬中心の対症療法に終始する
これは、
論文そのものの問題ではなく、解釈の問題です。
論文と臨床は対立しない|補完関係である
ここで強調しておきたいのは、
- 論文は間違っていない
- 臨床家が感覚で嘘をついているわけでもない
という点です。
論文が答えている問いは、
「健常成人が自然動作で、仙腸関節はどれくらい動くか?」
臨床が答えている問いは、
「産後で不安定になった骨盤は、どれくらい再配置できるか?」
問いが違えば、答えも違う。
これは医学において、ごく当たり前の構造です。
結論|「動かない」のではなく「何を動きと定義するか」
仙腸関節の議論が混乱する最大の理由は、
- 可動域
- 不安定性
- 配置変化
- 張力バランス
これらをすべて
「動く/動かない」という一語で語ってしまうことにあります。
産後の臨床において重要なのは、
仙腸関節が何ミリ動くか
ではなく
骨盤全体が、どのような状態で固定されているか
です。
論文を正しく読み、
臨床の現象を正しく言語化する。
その両方が揃って、
初めて「仙腸関節」が正しく理解されるのだと考えています。

コメント